シニアの悩み解決ヒント
母が認知症になった場合の財産管理や相続が不安
相談内容
父の死後、母は元気がなく常にぼんやりしています。もし、母が認知症になったら、財産管理は同居している自分が行う予定ですが、別居している弟から、母の財産を勝手に使っているのではないかと疑われたり、将来遺産相続で文句を言われたりしないか心配です。母が父から相続した賃貸併用住宅の管理や、認知症になったときのトラブルについての不安があります。
今のうちに、母の財産管理や将来の相続について準備することがあれば教えてください。
目指したいゴール
将来、母が認知症になった場合でも、長女が母の預貯金や不動産をしっかり管理して、長男とトラブルにならないようにする。また、賃貸併用住宅の収益の配分や、相続の際に問題が生じないように対策を立てておく。
独身の本田さんは、実家で母と2人暮らしです。パート勤めですが、母には賃貸併用住宅の賃料収入があるため、生活に困ることはありません。
しかし、将来、母が認知症になった場合や死亡した場合、この生活を維持できるのか、また、将来弟から不満が出ないのかが心配だとういうことで相談に来られました。まず、本田さんの母が認知症になり、判断能力が大幅に低下した場合、資産管理面でどんな支障が生じるのかを検討しました。
①銀行預金や家計費の管理ができなくなる
母が、銀行口座から多額の預金を引き出して使ってしまう、光熱費の入金を忘れて電気やガスを止められる、キャッシュカードや通帳を何度もなくすといったトラブルは本田さんがキャッシュカードや通帳を預かり、銀行の手続きを代わりに行えば解決しそうに思われます。
しかし、母の判断能力が大幅に低下した場合、銀行手続きのために委任状があっても有効性に疑問がありますし、銀行側の判断で口座が凍結されてしまうおそれがあります。
②不動産の管理ができなくなる
判断能力が低下すると、母自身が賃貸併用住宅の入居者の入退所時の契約や日常的な管理ができなくなるだけでなく、将来、建物の大規模修繕や建て替えが難しくなります。もし、本田さんが母の代わりに契約した場合、将来、契約が無効だとしてトラブルになる可能性があります。
③将来、相続でもめるおそれがある
別居する弟は、母の財産内容がよくわからないため、相続の際に異議を唱える可能性があるだけでなく、賃貸併用住宅をどう相続するかでもめるおそれがあります。
財産管理契約や任意後見契約のほかに民事信託や遺言書も活用する
このように、母が認知症になった場合、口座が凍結されて母や本田さんが生活費に困るなど深刻な事態が予想されるため、早めに対策を立てる必要があります。
また、今後、母がどのような状態になるかを時系列にそってイメージしてもらい、その際に有効となる書類を作成するように勧めました。

①財産管理等の委任契約書
骨折など身体的な理由で寝たきりになった場合に、本人の指示により、銀行の振り込みや役所の戸籍謄本の取得など、様々な場面で使える包括的な委任状です。現在でも事実上、本田さんは母の預金を管理していますが、もし弟からその根拠となる権限を問われたときに、この契約書があれば立証しやすくなります。
②任意後見契約書
将来、母の判断能力が大幅に低下した際に、本田さんが後見人として財産管理をするための契約書です。財産管理だけでなく、介護保険の申請や施設の入退所など生活全般に関する支援(身上監護)可能です。
③遺言書
母の死後、残された預金や不動産をどのように本田さんと弟に相続させるのかを指示するために、遺言書を作成します。
最低限、弟には遺留分(相続人に最低限残された権利)を相続させることで、大きなトラブルにならずに済むはずです。ただ本件では、賃貸併用住宅を本田さん、預貯金を弟に相続させると考えた場合、弟の遺留分(4分の1)を侵害する可能性があるため、母の加入する生命保険の死亡保険金を本田さんが受け取り、そこから弟に代償金を支払う方法があることを伝えました。
民事信託は弁護士などとのネットワークが不可欠
④民事信託
本件のように、親が賃貸物件を所有していて、相続人が2人以上いる場合は、家族間での民事信託(いわゆる「家族信託」)の利用も検討しましょう。
これは、簡単にいえば、本人の財産を家族に一定目的で管理、運用してもらい本人が生きているうちは本人が収益を受け取り、死後は財産を家族のものにできるという仕組みです。
例えば、本件では母の生活を守るために、母が委託者となり、賃貸併用住宅と金融資産の一部を、受託者である本田さん(長女)に信託して、管理・運用してもらいます。不動産の名義は本田さんになりますが、賃料を母が受益者として受け取るようにすれば、贈与税はかかりません。こうすればたとえ母が認知症になった場合でも本田さんが賃貸併用住宅を管理するのに支障はなく、また母の死後はそのまま本田さんが不動産を承継することができます。イメージとしては、成年後見制度(判断能力が低下したときの財産管理)と遺言書(死後の財産承継)を兼ね備えたようなものだと考えてください。
本件では、母の死後は信託を終了させることにしましたが、終了させずに賃料を本田さんと弟が均等に受け取るようにしたり、最終的には弟の子どもに不動産を取得させたりするなど、様々な応用が考えられます。
なお、すべての財産を信託するわけではないことや、民事信託では身上監護を行えないことから、民事信託のほかに遺言書や任意後見契約書の作成も必要になります。民事信託の仕組みは複雑で、信託口口座の開設も必要となり、必ず民事信託に詳しい弁護士など他士業と提携するようにしてください。